
物心ついたときには、もう家に神棚がありました。手を合わせるのは教わったというより、朝起きたら自然とやっていることの一つで、祀り方も本で覚えたのではなく、育った家でずっと見てきた通りに体が覚えています。
お墓参りも、小さいころから好きな時間でした。手を合わせているあいだだけご先祖と静かにつながっている気がして、力をもらえる場所だと今も思っています。
結婚してからは、家の中央に神棚を据えました。位置が決まってからは、お札の並べ方もお供えの配置も天井の「雲」の文字も、うちなりの基本のかたちがちゃんとあります。今日はそれを順番にまとめておこうと思います。
神棚の場所と向きは、南向きか東向きが基本です
神棚は南向きか東向きに据えるのが基本です。お札が南か東を向くように置くので、棚を取りつける壁は逆に北か西になります。目線より高い位置に据えて、家族が自然に集まる明るい部屋を選ぶのも基本のルールです。うちはリビングの、家の中央あたりに南向きで据えています。基本のかたち通りです。
避けたほうがいい場所もはっきりしています。トイレや浴室の近く、2階の同じ位置に水回りがある真下、人がしょっちゅう通る廊下の真上、仏壇と正面から向かい合う配置。うちも2階の水回りや階段の位置とはずらして、この条件をクリアしています。
お札の並べ方は、三社の並びが基本です
神棚には一社宮と三社宮の2種類があります。うちは扉のないモダンタイプの神棚で、白いパネルにお札を立てて並べる形です。扉はなくても、並べ方の原則は伝統的な三社宮と変わりません。中央に神宮大麻(伊勢神宮のお神札)、向かって右に氏神さまのお神札、向かって左に崇敬している神社のお神札を立てています。中央がいちばん位の高いお神札で、迷ったらまずここを整えれば間違いありません。
扉が1つの一社宮タイプは、奥行きで順位をつけます。一番手前が神宮大麻、その後ろに氏神さま、一番奥に崇敬している神社のお神札という順番で重ねる形です。棚の横幅が三社分取れるかどうかで選べばよく、うちも横幅に余裕があったので三社の並びにしています。


うちは扉のないモダンタイプですが、並びはこの図の通りです。
御神座の原則は「中央が最上位、次に向かって右、その次が向かって左」です。旅行先で受けたお神札は、崇敬神社の枠の後ろに重ねてしまって構いません。うちも旅行のたびに増えていくので、左側の枠はけっこうな厚みになっています(笑)。
お供えは、米を最優先にしましょう
お供えの基本は米・酒・塩・水・榊です。米が神様に一番近い最優先の位置で、そのあと酒、塩、水と続きます。棚が小さくて場所が限られる家は、米・水・塩の3つに絞ってもかまいません。うちも棚がコンパクトなので、この3つだけにしています。
配置は中央奥に米、向かって右に塩、向かって左に水が基本の形です。

交換の頻度は、水と榊の水は毎日、米・塩・酒・榊そのものは毎月1日と15日が目安です。正直、水を毎日替えるだけで精一杯な週もあります。それでも米と塩だけは、月初めと15日にカレンダーへ丸をつけて忘れないようにしています。
2階建てのときは、天井に「雲」の文字を貼りましょう
うちは2階建てで、神棚の真上にも部屋があります。神様の上に人が立つ形になってしまうので、天井には「雲」の文字を貼っています。
これは「この上には何もありません、雲(空)です」という意味を持たせるための習わしです。マンションや2階建てなど、神棚の真上にも生活空間がある家で使われていて、必須の作法ではありません。うちのように上の階がある家は、貼っておくと気持ちが落ち着きます。
文字は「雲」「空」「天」のどれでもよく、手書きでも印刷でも既製品でも構いません。貼る位置は神棚の真上、中央です。うちは最初、半紙に手書きしたものをセロテープで貼っていましたが、子どもが下から覗き込んで剥がしかけたことがあって以来、きちんとした両面テープつきのものに替えました。
拝礼は二拝二拍手一拝、お札は年末に交換しましょう
拝礼の作法は神社と同じ、二拝二拍手一拝です。2回深くお辞儀をして、2回手を打って、最後にもう1回お辞儀をします。うちも毎朝これだけは崩さずにやっています。
お神札は毎年の暮れに新しいものに交換します。古いお神札は、受けた神社の古神札納所に納めて、お焚き上げしてもらうのが基本です。大晦日から1月15日ごろにかけて、どんど焼きでまとめて焼いてもらえる神社が多いので、うちも年末の買い出しのついでに毎年寄っています。
形にこだわらなくていい部分もある
ここまで基本のかたちを書きましたが、地域や神社によって細部は違います。米・塩・水の左右を逆に紹介しているところもありましたし、雲の文字を貼らない家もふつうにあります。うちがやっているのは、あくまでうちの基本形です。
神棚がなくても、先祖や大きな存在に感謝する気持ちさえあれば形にこだわらなくていい、という考え方もあります。それでも形があると、毎朝手を合わせる時間が自然と続くのも事実です。
次は、盛り塩の交換頻度について書こうと思っています。